敏感だけど生きてます

HSP(超敏感気質)なわたしの世界の見え方

敏感な私の子ども時代①「感性が少し変わっていた」

こんばんは、にしだり子です。

HSPは経験によるものではなく基本的には生まれ持った性質といわれているので、私も幼少期から敏感すぎる子ども(HSC)だったのかな、と最近関連書籍を読むたびに考えています。

そこで今回は、記憶にある限りで1番若いとき(笑)の今思えば少し変わっていたかも、と思うシーンを漫画にしてみました!

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絵本の読み聞かせや紙芝居が好き

 

これは今でも覚えているのですが、私はとにかく物語の読み聞かせが大好きな子どもでした。

小学生に上がると自分で読むことももちろん大好きになるのですが、幼稚園の頃はとくに人の声で読み聞かせてもらうのが楽しかったです。

絵本や紙芝居は、漫画やアニメとちがってその物語のシーンをぶつ切りでしかイラストで見せてくれません。

私の場合むしろそれが楽しくて、そのイラストに描かれていないところまでを想像して、まるで目の前にその映像が見えるように想像できていたと記憶しています。

 

母親が眠る前に、即興で作ったお話を聞かせてくれることもありました。

そのときも私は「その次●●ちゃんは、ここに行ったんじゃない!?」というふうに、自らも物語の先を想像しては母親に伝えて物語を一緒に作っていったのが楽しかったです。

こういったように空想の世界や物語の世界にどっぷり浸れる子どもだったので、母親は「この子作家にでもなれるかも!」って思っていたみたいです(よくある親バカですね笑)

 

普通なら気にならないことが気になる

 

今回の漫画ではこぶとりじいさんのお話を例に出しましたが、ほかにも私はいろいろな昔話や童話を聞いては、怖がるシーンじゃないところで変に怖がっていたらしいです。

こぶとりじいさんの話を聞いた時は、他人の皮膚が他人にくっつく、という「もしかしたら有り得るかも」という現象を想像してとても怖くなったのだと思います。(あと、悪いおじいさんのその先の人生を想像したりして。笑)

 

あと強烈に覚えているのは、ディズニー映画のダンボで、酔っぱらったダンボが見るピンクの象の夢のシーン。

夢の中なのでなんでもありなんですが、自由自在に変形する象や、シンバルでパーンと叩き潰され粉々になる象ひとつひとつに目を奪われて、言葉にできない恐怖を感じていました。(そのシーンになると目を隠すくらい苦手だったらしい。)

 

人より少しいろいろなものを感じ取る子供だったのかと思います。

でも母親はそれを「り子はいろんなこと気付くね、おもしろいね」って褒めてくれていた気がするので、当時は少し誇らしい気持ちになっていました。

 

過去を振り返るということ

 

仕事を辞めて、1日のほとんどを誰とも関わらず家の中で過ごすようになって、たくさんのことを考えたり思い出したりするようになりました。

学生の頃や思い出せる限りの子供の頃の記憶を辿ると、思っていた以上にいろいろな発見があって面白いです。

 

みなさんはどんな子供でしたか?

 

私もまた、おもしろいことを思い出したら漫画にしたいと思います!

 

 

 

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